抑止力の更新なくして平和なし：ドイツ連邦軍総監との会談に何を思う
ドイツ連邦軍総監が防衛省を訪れ、我が国の防衛政策の方向性について意見交換を行ったというニュースは、一見、日独両国の安全保障協力の進展を示すものとして受け止められるだろう。しかし、この会談の裏側には、我々が直視しなければならない、より深く、そして切実な問いが潜んでいる。それは、刻々と変化する国際情勢の中で、我が国の「抑止力」は真にその役割を果たし得るのか、という根本的な問いである。
かつて、冷戦という二極構造の中で確立された抑止力の概念は、現代においてその有効性を大きく揺さぶられている。サイバー攻撃、宇宙空間の軍事利用、AIを駆使した新型兵器の開発など、戦いの様相は多様化し、伝統的な物理的防衛能力だけでは対応できない領域が拡大している。グローバルなパワーバランスの変動、地域紛争の頻発化といった現実を前に、我々の防衛構想もまた、過去の遺物ではあり得ない。
ドイツ連邦軍総監との会談は、単なる友好の証ではない。それは、同じく国際社会の激動に直面し、その対応に苦慮する先進国が、互いの経験と知見を共有する貴重な機会であったはずだ。特に、地理的な条件や歴史的背景が異なる両国だが、自由と民主主義という普遍的な価値観を共有し、国際秩序の維持という共通の目標を目指している点は、今後の協力の基盤となり得る。
しかし、我々が期待すべきは、単なる情報交換や共同訓練の強化だけではない。むしろ、この会談を契機に、日本は自国の防衛戦略、そして国民一人ひとりの安全保障に対する意識を根本から見直す必要がある。具体的には、以下のような点が挙げられるだろう。
第一に、抑止力の「質」の転換である。物理的な戦力増強だけでなく、情報戦への対応能力、サイバー空間における防御・攻撃能力、そして国際社会との連携強化といった、非対称な脅威に対抗できる多層的な抑止力の構築が急務である。そのためには、最新技術への投資はもちろんのこと、それを運用する人材育成への抜本的なテコ入れも不可欠だ。
第二に、「抑止」の対象の再定義である。単に武力による侵攻を防ぐだけでなく、経済的圧力、情報操作、インフラへの攻撃など、より広範な脅威に対する「抑止」を考慮に入れなければならない。これには、国家のみならず、民間企業や個人レベルでの危機管理意識の醸成も含まれる。
第三に、「抑止力」を支える国民的合意の形成である。防衛力の強化は、当然ながら国民生活に影響を与え得る。しかし、その必要性や方向性について、国民全体で理解し、共有するプロセスがなければ、いかなる防衛政策も真の力を発揮することはできない。政治家は、国民に対して誠実かつ分かりやすい説明責任を果たすとともに、国民もまた、安全保障という「共有財産」について、無関心でいる権利はないのである。
ドイツ連邦軍総監との会談が、単なる外交儀礼の範疇に留まらず、日本の安全保障政策に具体的な変革をもたらす契機となることを願ってやまない。抑止力の更新なくして平和なし。この命題に、我々は真摯に向き合わなければならない。
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