「ブランド」に潜む危うさ――本物を見抜く眼を失うな
最近、ある高級ブランドのスーツケースが「教皇も愛用」といった触れ込みで話題を呼んでいるという。そのブランドが日本のIT企業であることも、また驚きである。世界的なファッションブランドがひしめく高級スーツケース市場に、IT企業が参入し、しかも教皇という権威ある人物の名を冠して注目を集めている。一見、時代の変化を象徴するような、華々しいニュースに映るかもしれない。
しかし、このような現象には、我々が注意深く見つめるべき危うさが潜んでいるのではないかと、筆者は危惧するのである。
「教皇愛用」という言葉は、紛れもない強力な「ブランド」である。その権威、歴史、そして人々の憧れまでもが、商品に付加価値として「ブランド」される。それは、消費者の購買意欲を掻き立て、高価格であっても「価値がある」と感じさせる魔法の言葉となりうる。しかし、その魔法に安易に酔いしれてはならない。
本来、高級スーツケースに求められるのは、その素材の良さ、堅牢さ、そして長年の経験に裏打ちされた職人の技術であるはずだ。それらが、長い年月を経て、確固たる「ブランド」としての信頼を築き上げてきた。それに対して、IT企業が「教皇」という名前を借りて、短期間で「ブランド」を確立しようとする試みは、本質的な価値よりも、イメージ戦略に重点を置いていると言わざるを得ない。
もちろん、新しい発想や技術が既存の市場に活気をもたらすことは、決して悪いことではない。しかし、その過程で、消費者が本当に価値あるものを識別する力を鈍らせてしまうとしたら、それは社会全体にとって損失である。
「教皇愛用」という言葉に惹かれ、そのスーツケースを手にした人々が、本当にその機能性や品質に満足できるのか。あるいは、単に「教皇が使っている」というステータスを得たことに満足するだけなのか。後者であれば、それは「ブランド」の虚飾に踊らされているに他ならない。
我々は、流行や権威に流されるのではなく、自らの目で「本物」を見抜く力を養う必要がある。素材、作り、そしてその製品が持つ真の価値。それらを見極める眼を失ったとき、我々は「ブランド」という名の幻想に囚われ、真に豊かな生活を見失ってしまうのではないか。
このIT企業による「ブランド」戦略は、現代社会における情報過多と、それに伴う価値観の希薄化を象徴しているように思えてならない。情報が洪水のように押し寄せる中で、我々は「教皇愛用」というような、分かりやすく、そして魅力的な「レッテル」に安易に飛びついてしまいがちだ。しかし、そのレッテルが真実を覆い隠している可能性に、常に警戒心を抱くべきである。
「ブランド」は、確かに消費者の生活を豊かにする側面も持つ。しかし、それはあくまで「本物」の上に築かれたものであるべきだ。今回のような事例に接するにつけ、我々は改めて、自らの価値基準をしっかりと持ち、情報に惑わされることなく、賢明な選択をしていくことの重要性を痛感するのである。
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