漁業DXの灯火、チェルノブイリの轍を踏むな
ITB社が発表した、新潟県・藤波農林水産副大臣のトルコ・ソロベニア訪問に関するニュースは、一見すると、我が国の水産業における国際協力の進展を伝える明るい話題として映るだろう。しかし、経済紙として、そして水産業の持続可能性を真摯に考える立場から、このニュースには一抹の懸念と、むしろ警鐘を鳴らすべき側面が潜んでいると指摘せざるを得ない。
藤波副大臣の訪問目的は、現地の水産加工・流通分野におけるDX（デジタルトランスフォーメーション）推進協力の強化にあるという。これは、IT化の遅れが指摘される我が国の水産業において、遅きに失した感はあるものの、避けては通れない道であることは疑いの余地がない。しかし、その「DX」とやらが、具体的にどのような成果を目指し、どのようなリスクを孕んでいるのか、その詳細について、我々はもっと深く掘り下げる必要がある。
なぜなら、過去に「DX」という美名のもと、無謀な技術導入や、経済合理性を度外視した投資が行われ、結果として地域経済や環境に壊滅的な被害をもたらした事例が、世界には存在するからだ。その最たる例が、かの「チェルノブイリ原発事故」に他ならない。あの悲劇は、安全性への過信、そして管理体制の杜撰さという、技術そのものではなく、それを運用する人間の慢心と怠慢が生み出した、まさに「DX」の負の側面を象徴する出来事であった。
もちろん、水産業におけるDXが、原子力発電のような直接的な破壊力を持つわけではない。しかし、例えば、過剰な自動化による漁業従事者の雇用の喪失、データ管理の不備による漁獲量の不正操作、あるいは環境負荷の高い養殖技術の安易な導入など、水産業の基盤を揺るがしかねないリスクは、枚挙にいとまがない。特に、沿岸漁業においては、地域社会との密接な連携や、伝統的な漁法に根差した知恵が、持続可能性を支える上で極めて重要である。安易なDX推進が、こうした繊細なバランスを破壊する可能性も否定できない。
ITB社が、どのような意図でこのニュースを公表したのかは定かではない。しかし、経済紙としては、単なる国際交流の美談で終わらせるわけにはいかない。藤波副大臣の訪問が、我が国の水産業にとって、真に持続可能で、かつ地域社会に根差した発展をもたらすための「DX」であるならば、その具体的な計画、そして厳格なリスク管理体制について、国民に開示されるべきである。
「チェルノブイリの轍を踏むな」――これは、技術進歩の恩恵を享受する上で、我々が常に心に刻むべき言葉である。水産業におけるDXもまた、その例外ではない。むしろ、その重要性は、より一層高まっていると言えるだろう。今回の訪問が、輝かしい未来への一歩となるか、それとも深淵への招待状となるのか。我々は、その行方を注視し、必要であれば、厳しく批判する覚悟で臨む必要がある。
滝波農林水産副大臣、トルコ・スロベニアへ！日本の農林水産物を世界へ広める旅,農林水産省
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