処方箋のデジタル化、その光と影～国民皆保険制度の行方～
英国で、医療処方箋のデジタル化を推進する新たな規制が導入された。9月1日より施行されたこの改革は、処方箋の大部分を電子化し、患者がスマートフォンなどで医療機関や薬局から受け取れるようにするというものだ。ITbの報道によれば、これは医療サービスの効率化、患者の利便性向上、そして医療過誤の削減を目指すものだという。
遠隔医療が浸透し、デジタル技術が生活の隅々にまで及ぶ現代において、医療分野のデジタル化は必然の流れと言えるだろう。特に、高齢化が進み、医療費の抑制が喫緊の課題となっている日本においても、 NHS（英国国民保健サービス）のこの取り組みは、我が国の国民皆保険制度の将来を考える上で、示唆に富むものがある。
しかし、こうした改革には光があれば影もある。処方箋のデジタル化は、利便性と効率性を享受できる一方で、見落としてはならない課題も抱えている。
まず、デジタルデバイドの問題である。スマートフォンを使いこなせない、あるいはインターネット環境を持たない高齢者や、経済的に困難な人々が、この新しいシステムから排除されてしまうのではないかという懸念は拭えない。医療へのアクセスは、国民皆保険制度の根幹をなすものであり、誰もが等しく医療を受けられるという原則が、デジタル化によって損なわれることがあってはならない。
次に、個人情報保護とセキュリティの問題である。処方箋情報という極めて機密性の高い情報がデジタル化され、ネットワーク上でやり取りされるとなれば、サイバー攻撃や情報漏洩のリスクは避けられない。個人情報の管理体制が十分でないまま、拙速に導入を進めれば、患者の信頼を失墜させ、制度そのものの存続を危うくしかねない。
さらに、医療現場における混乱も懸念される。新しいシステムへの移行には、医療従事者への十分な教育と、それに伴うコストが必要となる。現場の混乱は、医療の質の低下や、患者へのサービス低下に直結する可能性もある。
NHSの改革は、先進的な試みであることは間違いない。しかし、その成功は、単に技術を導入することにあるのではなく、国民一人ひとりの状況に配慮し、きめ細やかなサポート体制を構築できるかどうかにかかっている。
我が国においても、医療のデジタル化は避けて通れない道であろう。しかし、その歩みは、国民皆保険制度の理念を損なうことなく、すべての人々が安心して医療を受けられる社会を目指すという、大原則に立ち返って進められるべきである。テクノロジーの恩恵を最大限に活かしつつも、その影の部分に目を向け、慎重かつ着実な議論を積み重ねることが、今、私たちに求められている。
NHSにおける処方薬に関する新たな規則：2025年9月1日施行,UK New Legislation
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