海洋生物多様性条約、持続可能な利用への新時代 ――保護と共存のバランスが問われる
「生物多様性条約（CBD）」、そしてその新たな柱として注目される「海洋生物多様性条約（BBNJ）」――。これら国際的な枠組みが、私たちの海との関わり方を根本から見直す契機となろうとしている。特にBBNJは、公海における生物多様性の保全と持続可能な利用を目的としており、その批准に向けた動きが世界的に加速している。この潮流は、水産業界にとって、単なる環境問題への対応に留まらず、事業のあり方そのものを再定義する重要な転換点となるだろう。
これまで、海は豊かな恵みをもたらす「源泉」として認識されてきた。しかし、その恩恵を持続的に享受するためには、健全な海洋生態系が不可欠であるという認識が、今、かつてなく高まっている。BBNJが目指すのは、まさにこの「健全な海洋生態系」を未来世代へと引き継ぐための、国際社会共通の意思表示であり、具体的な行動規範である。
特に、海洋保護区の設定や遺伝資源へのアクセスと利益配分（ABS）といった要素は、水産業界に直接的な影響を及ぼす可能性がある。保護区の設定は、漁獲対象となる資源の再生産を促す一方で、一定期間の漁業活動の制限を伴う。ABSは、海洋由来の遺伝資源を研究開発に利用する際の、原産国や地域社会との公平な利益共有を求めるものだ。これらは、伝統的な漁業慣行や、新たな海洋バイオテクノロジー開発のあり方に、新たな視点とルールをもたらす。
もちろん、これらの変化は容易なものではない。漁業者の生計、地域経済への影響、そして国際的な合意形成の難しさなど、乗り越えるべき課題は山積している。しかし、今こそ、短期的な利害を超えて、長期的な視点に立った「共存」の道を探るべき時である。
水産業界に求められるのは、単に規制に従う姿勢ではない。むしろ、BBNJが提示する理念を積極的に取り込み、海洋資源の持続可能な利用と、生物多様性の保全を両立させるための革新的な取り組みを主導していくことだ。例えば、環境負荷の低い漁法への転換、海洋生態系への影響を最小限に抑える技術開発、そして海洋生物資源のトレーサビリティの徹底などが考えられる。また、ABSの枠組みにおいては、遺伝資源の利用から得られる利益を、海洋保全活動や地域社会の発展に還元する仕組みを構築することも、新たなビジネスチャンスとなり得るだろう。
海洋生物多様性条約の進展は、私たちに「海と共に生きる」ことの本当の意味を問い直す機会を与えている。この歴史的な転換期において、水産業界がその使命を果たすためには、変化を恐れず、むしろそれを推進力として、持続可能な未来を築くための主体的な行動が不可欠である。それは、業界全体の信頼性を高め、新たな市場を切り拓くための、まさに「専」業的な挑戦と言えるだろう。
海洋生物多様性条約に向けた動きが活発化、専門家がニューヨークに集結,Top Stories
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