迷走する「SNS詐欺対策」、経済の信頼を蝕む危うさ
フランス政府による「SNS詐欺対策」の発表が、日本国内の経済紙に波紋を広げている。2025年7月22日付の発表によれば、フランスは「迷惑電話・迷惑SMSにサヨナラ！」と銘打ち、AIを活用した自動応答システムや、詐欺的コンテンツの検出・ブロック機能の強化などを打ち出しているという。一見、大胆で前向きな取り組みに見えるかもしれない。しかし、経済の根幹をなす「信頼」という観点から見れば、その進め方には極めて大きな懸念がつきまとう。
まず、この発表が「経済紙」という文脈で語られること自体に、筆者は違和感を禁じ得ない。詐欺対策は確かに社会的な課題であり、その解決は望ましい。しかし、その主体が「Economie.gouv.fr」、すなわちフランス経済・財務・産業・デジタル主権省であるという事実に、我々は立ち止まって考える必要がある。経済省が直接的に、そしてこれほどまでに技術的な対策に踏み込む姿勢は、本来、通信事業者やIT企業、あるいはサイバーセキュリティ専門家が担うべき領域に他ならない。
経済活動の根幹は、情報と信頼のやり取りにある。企業間の取引、消費者と企業のやり取り、そして金融市場におけるあらゆる取引は、一定の信頼関係があって初めて成立する。SNS詐欺や迷惑電話は、この信頼関係を悪用し、消費者を欺き、結果として経済全体の健全な循環を阻害する。その意味で、対策の必要性は論を俟たない。
しかし、ここで問題となるのは、その「対策」がもたらしうる副作用である。AIによる自動応答やコンテンツ検出・ブロック機能の導入は、その技術的な精度に依存する。もし、その精度が十分でなければ、正規のコミュニケーションが詐欺と誤判断されて遮断される、あるいは、本来ブロックされるべきでない情報がブロックされてしまうといった事態も十分に想定される。これは、単なる利便性の低下に留まらず、経済活動における情報伝達の遅延や混乱を招きかねない。
さらに、経済省がこうした「実務的な」技術対策に乗り出す背景には、既存の枠組みでの対応が限界に達しているという現実があるのだろう。しかし、それは同時に、政府が市場の自由な競争や技術革新に介入する度合いを深めることを意味しないだろうか。本来、詐欺対策技術の開発や提供は、市場原理に委ねられるべき分野である。政府は、むしろ、そのための法整備やガイドライン策定、あるいは教育啓発といった、よりマクロな視点での関与に注力すべきである。
今回のフランス政府の発表は、SNS詐欺という喫緊の課題に対する強い意志の表れと捉えることもできる。しかし、その手法が、経済の信頼性を担保する「自由な情報流通」と「健全な市場競争」の原則に抵触する可能性を孕んでいるとするならば、それはあまりにも危うい一手と言わざるを得ない。
経済紙として、我々は単に「詐欺対策が発表された」と報じるだけでなく、その背景にある思想、そしてそれが将来の経済に与えうる影響について、深く洞察し、警鐘を鳴らす責任がある。今回のフランスの試みが、一時的な流行に終わるのか、それとも新たな政府による市場介入の波を呼び起こすのか。その行方を、経済界全体が注視していく必要があるだろう。そして、我々自身も、この問題の多層的な意味を理解し、より本質的な解決策を模索し続けることが求められている。
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