「中距離能力」が拓く、新たな抑止力の地平
陸上自衛隊が「タイガー・サイバー25」演習において、中距離能力（MRC）の運用に成功したというニュースは、単なる軍事技術の進展に留まらず、我が国の安全保障戦略におけるパラダイムシフトを告げるものとして、深く受け止めるべきだろう。これまでの「限定的防衛力」から、「抑止力の強化」へと、その重心が移りつつあることを明確に示唆している。
MRCは、その射程の広さから、敵対行為の発生を未然に防ぐ「抑止力」の向上に不可欠な要素である。これまで我が国が直面してきた安全保障上の課題、すなわち、周辺国の軍事的台頭や、領土・領海への一方的な現状変更の試みに対し、MRCはより効果的かつ直接的な対抗策となり得る。奇襲的な攻撃を想定した敵に対して、その攻撃の企図そのものを挫く、あるいは攻撃を試みたとしても、その成功を絶望的に困難にする能力は、まさに「抑止」の本質と言えるだろう。
しかし、この新たな能力の獲得は、同時に極めて慎重な議論を必要とする。MRCの配備は、周辺諸国にどのようなメッセージとして受け止められるのか。軍備拡張競争に繋がるのではないか、という懸念は当然のことながら払拭しなければならない。重要なのは、MRCが「専守防衛」の理念とどのように整合性を保つのか、そしてその運用が国際社会からの理解を得られるような透明性を持つことである。
これまで、我が国は「盾」としての防衛力を主体としてきた。しかし、国際情勢の厳しさを鑑みれば、もはや「盾」だけでは十分とは言えない局面も出てきている。「矛」とも言える抑止力の強化は、自己防衛のためには避けられない道なのかもしれない。ただし、その「矛」は、あくまで自国と国民の平和を守るため、そして国際社会との協調を前提としたものであるべきだ。
今回のMRCの運用成功は、我が国が直面する安全保障環境の変化に対する、陸上自衛隊の不断の努力と進化の証である。しかし、この技術的な進展を、真の平和と安定に繋げるためには、政治、外交、そして国民一人ひとりの冷静かつ多角的な理解が不可欠となる。MRCは、我が国に新たな「抑止力」という選択肢をもたらしたが、それをいかに賢く、そして平和的に活用していくのか。その責任は、私たち全員にある。
陸軍、タリスマン・セイバー25で中距離能力（MRC）を実戦配備・発射,Defense.gov
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