音楽流通の変革、未来への灯火を
CD販売店チェーン「HMV」が、日本国内の全店舗を閉店するというニュースは、多くの音楽ファンに衝撃を与えた。かつては街角のランドマークとして、新たな音楽との出会いを求めて人々が集った場所が、時代の波に飲まれ姿を消す。この出来事は、単なる一企業の凋落にとどまらず、音楽流通のあり方、そして音楽文化そのものの変遷を象徴するものとして、私たちは深く受け止める必要がある。
HMVの閉店は、インターネットの普及とストリーミングサービスの台頭という、避けがたい流れの中で語られることが多い。物理的なメディアからデジタルコンテンツへと移行する消費者の行動様式は、CDという「モノ」に価値を見出してきた流通業者に大きな影響を与えた。CDショップが減少の一途をたどる中で、HMVもまた、そのビジネスモデルの転換を迫られ、苦渋の決断に至ったのであろう。その背景には、当然ながら経営上の厳しい現実があったはずだ。
しかし、HMVの功績を忘れるわけにはいかない。かつて、店員が熱心におすすめのCDを解説し、試聴機で音楽を聴きながらお気に入りの一枚を探す時間は、多くの人々にとってかけがえのない体験だった。そこには、単に音楽を購入するだけでなく、店員とのコミュニケーションを通じて新たな音楽との出会いを「発見」する喜びがあった。それは、アルゴリズムが提示する「あなたへのおすすめ」とはまた異なる、人間的な温かみと偶然性を含んだ体験であったと言える。
もちろん、デジタル化は音楽へのアクセスを格段に容易にし、多様な音楽との出会いを広げた側面も否定できない。しかし、物理的な店舗が持つ、音楽を「体験」する場としての機能は、依然として失われていないはずだ。CDショップが提供してきた、ジャケットデザインの鑑賞、試聴による音質の確認、そして何より、音楽への熱意を持った人々が集まるコミュニティとしての空間は、デジタルだけでは代替しきれない価値を持っている。
HMVの閉店は、こうした物理的な音楽体験の場が失われることを意味する。それは、音楽を愛する者、そして音楽産業に関わる者すべてにとって、未来への警鐘である。この事態を、単なる「時代の流れ」と片付けてしまっては、音楽文化の impoverishment（貧困化）につながりかねない。
今後、音楽流通の主軸がデジタルへと移っていくことは確実だ。しかし、その中で、物理的なメディアや店舗が、どのような形でその役割を担っていくべきか。あるいは、新たな「体験」の場として、どのような進化を遂げられるのか。HMVの閉店を、単なる終焉としてではなく、音楽文化の未来を模索するための契機と捉えたい。
音楽は、時代と共にその形を変えてきた。その変革の過程で、失われるものもあれば、新たに生まれるものもある。HMVの灯火が消える今、私たちは、音楽との新たな出会いを、より豊かに、より深く体験できる場を、共に創造していく責任がある。それは、音楽を愛するすべての人々への、そして未来の音楽を担う世代への、私たちからのメッセージとなるはずだ。
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