「オフショア固定資産税」導入の光と影：持続可能な産業育成への道筋は
7月16日、財務省が公表した「オフショア固定資産税」導入に向けた方針は、日本の産業界に静かな、しかし確かな波紋を広げている。グローバル競争が激化する中、国内産業の基盤強化と税収確保を両立させようとする政府の意図は理解できる。しかし、その光が当たる場所に、看過できない影もまた落とされていることを、我々は直視しなければならない。
この新税制が目指すのは、国外で生産活動を行いながら、国内に固定資産を保有する企業に対する課税強化だ。これにより、国内への投資を促し、真に日本経済に貢献する企業を優遇するという、一見すると理想的な構図が描かれる。特に、一部の高度な技術を持つ企業や、海外に生産拠点を移転させたものの、国内に研究開発部門や販売拠点を残す企業にとっては、新たな負担となる可能性が高い。
しかし、この「オフショア固定資産税」が、必ずしも国内産業全体の活性化に繋がるとは限らない。むしろ、その実務的な運用においては、様々な課題が山積している。
第一に、課税対象となる「固定資産」の定義とその評価方法である。デジタル化が進む現代において、土地や建物といった物理的な資産だけでなく、知的財産やデータセンター、さらにはクラウド上のリソースまで含めるべきか、あるいはそれらをどのように「固定」と見なすのか。定義の曖昧さは、企業間の不公平感を生み、予期せぬ税務リスクを招く恐れがある。
第二に、グローバルなサプライチェーンが深化する中で、企業活動の「国内」と「国外」を厳密に線引きすることの困難さである。単に固定資産を国内に持つという事実だけで、その企業の経済活動全体を「国内に貢献している」と見なすことは、実態にそぐわない場合もあろう。むしろ、巧妙な節税策を講じる企業が現れ、本来の目的である税収確保が達成できないという皮肉な結果を招く可能性も否定できない。
さらに、懸念されるのは、この新税制が、イノベーションを阻害する要因となりうる点だ。特に、スタートアップ企業や、多国籍企業との連携が不可欠な先端技術分野においては、新たな税負担が、将来的な成長の芽を摘んでしまうリスクがある。政府は、国内産業の保護という大義名分の陰で、こうした脆弱な経済主体をどう保護していくのか、その具体的な政策を併せて提示する必要がある。
我々業界新聞が問うべきは、この「オフショア固定資産税」が、果たして持続可能な産業育成という、より大きな目標に資するものであるのか、という点だ。税制改正は、単なる財源確保の手段であってはならない。それは、将来の日本経済をどうデザインしていくのか、という国家戦略の一環として、慎重かつ多角的に議論されるべきである。
政府には、導入ありきではなく、各業界の声に真摯に耳を傾け、その影響を精査した上で、国際的な税制の潮流も踏まえた、より実効的かつ公平な制度設計を強く求める。そして、我々企業側も、この変化を単なる脅威と捉えるのではなく、自社の事業構造を見直し、真の競争力を高める契機とすべきであろう。
「オフショア固定資産税」という名の新たな風が、日本経済にどのような変化をもたらすのか。それは、政府の英断と、我々一人ひとりの賢明な対応にかかっている。
2025年7月16日 財務省発表：日本の「オフショア勘定残高」が明らかにする国際経済の姿,財務省
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