揺らぐ「預金通帳」の重み：デジタル時代の金融リテラシーを問う
「預金通帳の記帳停止」。この一見地味なニュースが、我々の社会に静かに、しかし確実に変化の波を投げかけている。大手銀行が相次いで預金通帳の発行停止や、一部手数料の導入に踏み切る背景には、ATM稼働率の低下や、顧客のデジタルシフトといった時代的な流れがあることは理解できる。しかし、この変化は単なる金融手続きの刷新に留まらず、我々が「お金」とどう向き合っていくべきか、その根源的な問いを突きつけていると、私は考えずにはいられない。
長年、我々は「預金通帳」という物理的な記録媒体を通して、自分の資産の増減を把握してきた。そこには、単なる数字以上の、ある種の安心感や確実性が込められていたように思う。ATMに並び、記帳印字された文字を一つ一つ確認する行為は、我々がお金と直接的に関わる、数少ない機会だったのかもしれない。それが、オンラインバンキングやスマートフォンアプリへと姿を変え、物理的な記帳という行為が「時代遅れ」として処理されていく。この変化は、あたかも我々の「お金への意識」そのものが、デジタル化の波に飲まれていくかのようだ。
もちろん、時代の流れに逆らうことはできない。デジタル化は便利であり、効率的である。しかし、私たちは立ち止まって考える必要がある。記帳の停止は、単に手間が省けるという話ではない。それは、我々の金融リテラシーが、この急速な変化に追いついているのか、という問いなのである。オンラインでの資産把握が当たり前になる中で、セキュリティ対策や、詐欺への警戒心は、どれほど高まっているだろうか。通帳という「物」から「情報」へと移行する過程で、我々は本当に、自分の資産を「見失わない」ための知識と経験を、十分に得ているのだろうか。
「通帳なき時代」は、ある意味で私たちに、より積極的な金融への関与を求めている。それは、単に銀行からの通知を待つのではなく、自ら積極的に情報を収集し、管理する能力だ。しかし、その能力を育成するための教育や環境整備は、果たして十分だろうか。特に、デジタルに馴染みの薄い高齢者層や、経済的な余裕のない層にとって、この変化は新たな壁となりかねない。単純な「便利さ」の追求が、金融格差を拡大させるような事態は避けねばならない。
「記帳停止」は、金融機関の合理化という側面だけでなく、私たち一人ひとりに、金融との新たな向き合い方を突きつけるシグナルである。この変化を単なる「面倒な手続きの消滅」と捉えるのではなく、むしろこれを機に、自分の資産と真摯に向き合い、デジタル時代にふさわしい金融リテラシーを身につける契機とすべきだ。銀行には、より分かりやすい情報提供と、デジタルに不慣れな層への丁寧なサポートが求められる。そして私たち市民は、この変化を乗り越え、未来の金融との付き合い方を、主体的にデザインしていく覚悟を持たねばならない。揺らぐ「預金通帳」の重みの中に、未来への新たな「金融リテラシー」の種が蒔かれているのだから。
銘柄別制限措置：貸借取引の申込停止について（2025年7月8日）,日本証券金融
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