金融庁の「マネー・ローンダリング等及びテロ資金供与対策」にみる「透明性」という名の鎖
金融庁が2025年6月28日に発表した「マネー・ローンダリング等及びテロ資金供与対策に関する声明」は、一見すると国際社会の潮流に沿った、当然ともいえる厳格な姿勢を示しているように見える。しかし、その言葉の裏に潜む、ある種の「透明性」への過度な渇望が、私たち市民の自由を静かに蝕む可能性について、改めて警鐘を鳴らしたい。
声明では、国際的な規制強化の流れを受け、国内金融機関の体制強化や顧客確認の徹底を求める内容が盛り込まれている。テロ資金供与やマネーロンダリングといった悪しき行為を根絶しようとする意図は、誰しもが賛同するであろう崇高な目的だ。しかし、これらの対策が深まるにつれて、私たちの「見えないところ」で、何が起きているのか、誰がそれに関わっているのか、その情報へのアクセスがますます困難になっていくのではないかという懸念を抱かざるを得ない。
金融機関が顧客のあらゆる取引を監視し、不審な動きを当局に報告する。このシステムは、犯罪抑止に効果を発揮するだろう。しかし、同時に、それは私たち一人ひとりの経済活動が、常に「見られている」状態を強いることにもなりかねない。そして、その情報がどのように収集され、どこで管理され、誰の目に触れるのか。その「透明性」が確保されているのかどうか、私たち市民がそれを容易に確認できる仕組みは存在するのだろうか。
「透明性」とは、時に「監視」と表裏一体である。私たちが社会を健全に保つために、一定の監視は必要不可欠だろう。しかし、その監視の網が、あまりにも細かく、そしてその存在が不可視化されていくとき、私たちは「自由」という名の空間を失いかけているのではないか。
例えば、匿名性の高い取引手段に対する規制強化は、必ずしも犯罪者だけを狙い撃ちするものではない。それは、プライバシーを重視する個人や、表現の自由を確保しようとする活動家にとっても、その活動の自由を狭める可能性がある。また、特定の国籍や地域との取引に対して、過度に厳格な審査が課されるようになれば、それは新たな差別を生み出す土壌にもなりうる。
金融庁の声明は、確かに「クリーンな」金融システムを目指すためのステップの一つだろう。しかし、その理想を追求するあまり、国民一人ひとりが持つ経済的な自由やプライバシー、そして「見えないところ」へのアクセス権といった、より根源的な権利を侵害していないか。その点について、当局はより一層の「透明性」を持って、国民に説明する責任がある。
社会の安全と自由は、常に両立しうるのか。それとも、一方を追求すれば、もう一方が犠牲になる宿命を背負っているのか。金融庁の今回の声明は、私たちにその難問を突きつけている。私たちは、この「透明性」という名の鎖が、私たちをより安全な檻へと閉じ込めるものではないのか、冷静に見極める必要があるだろう。そして、もしそうであるならば、その鎖を切断するための声を上げることもまた、市民の権利であるはずだ。
金融庁が「マネー・ローンダリング等及び金融犯罪対策の取組と課題（2025年６月）」を公表：私たちのお金をどう守る？,金融庁
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