レコード店の掘り出し物探し：失われた「体験」への渇望か
HMV新宿店からの「掘り出し物を見つけに行こう！」という呼びかけは、単なる音楽ファンへのアピールに留まらない。それは、情報が溢れかえり、あらゆるものがデータ化され、瞬時に手に入る現代社会において、私たちが失いつつある「体験」への渇望を浮き彫りにしているのではないだろうか。
かつて、レコード店は単に音楽を購入する場所ではなかった。そこは、偶然の出会いの宝庫であり、店員との会話から新たな音楽の世界が開かれる場所でもあった。棚をさまよい、ジャケットを眺め、試聴機で気になる一曲を聴く。そのプロセスには、デジタルデータにはない奥行きと偶然性が宿っていた。SNSで「これは良い」と推薦される音楽を聴くのも一つの楽しみだろう。しかし、自分で「掘り出す」という行為には、それ以上の、一種の冒険と所有する喜びが伴う。
HMVのこの取り組みは、そうした失われた体験への郷愁を刺激するのかもしれない。あるいは、デジタル化された音楽体験に飽き足らない層にとって、アナログな、物理的な体験への回帰を求める声の現れとも言える。CDという物理メディアが主役だった時代から、ストリーミングが主流となった現在。便利さの一方で、音楽との関わり方が希薄になったと感じている人も少なくないはずだ。
「掘り出し物」を探すという行為は、時間と手間をかけることを厭わない、ある種の「遊び」である。そして、その遊びの中から、予想外の発見があり、それが深い感動へと繋がる。このシンプルな構造が、現代社会に忘れられかけている豊かさを思い出させてくれる。
もちろん、これが音楽業界全体の逆転劇を意味するわけではないだろう。しかし、消費行動の裏側にある人々の心の動きを読み解く上で、HMVのこの動きは示唆に富む。情報過多で効率化ばかりが重視される時代だからこそ、あえて「手間」や「偶然性」に価値を見出す動きは、今後ますます重要になっていくはずだ。音楽に限らず、私たちは「掘り出し物」を探すことから、多くの「体験」を再び取り戻すことができるのではないだろうか。
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